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栃木市内で見る、店舗暖簾 [コレクション]

先日、市内で見る日除け暖簾を紹介しました。店舗の前に掛けられた、屋号などを染め抜いた物で、風にあおられると「バンバン」と鳴る事から、太鼓暖簾とも呼ばれる物をまとめました。今回は一般的に店舗の入り口などに掛けられている、「店舗暖簾」を集めてみました。
暖簾と言うと私達は、お店の前に掛かっているかいないかで、お店が開いているか閉まっているかを判断する材料にしています。
市内で良く見かける一般的な暖簾は、大通り倭町に店舗を構えている「本澤商店」さんの暖簾です。
本澤商店は天保年間(1830~1843)創業と云う老舗で肥料商を営んでいました。店舗の下屋の上に掲げた「日星肥料」の大看板が現在も目を引いています。こちらのお店は、歩道と店舗の間、セットバックのスペースにいつも大八車や樽に草花を綺麗にデコレーションして、通行する私達の目を楽しませてくれています。最近掛けている暖簾は白地に茄子の絵の中に本澤屋と黒で記しています。以前の暖簾は紺色の地に白く染め抜いた物が使われていました。
本澤商店1.jpg本澤商店2.jpg
(草花等で綺麗にデコレーションした本澤商店)(2002年撮影時の暖簾は紺色の地でした)

暖簾が目立つ風景としては、嘉右衛門町通りの老舗「油伝味噌」さんでしょう。こちらも創業は天明年間(1781~1788)という歴史の有る店舗です。元々は暖簾に記されている様に油屋を営んでいました。その後味噌醸造を手がけました。こちらの暖簾は現在紺色地に白抜きされていますが、以前は白地に黒の暖簾を使用していました。
油伝味噌店1.jpg油伝味噌店2.jpg
(暖簾が目を引く、嘉右衛門町通り「油伝味噌」)(2013年撮影時は白地の暖簾でした)

銀座通りの和菓子のお店「山本総本店」さん、そしてその西側巴波川に掛かる幸来橋へ行く手前に店を構える「和菓子もめん弥」さん。これらのお店の入口にも暖簾が掛けられています。やはり暖簾には「和」に対するイメージを演出するのに欠かせないようですね。
山本総本店2.jpg和菓子もめん弥1.jpg
(創業明治25年の和菓子店「山本総本店」)(もめん弥本店、店先には太鼓暖簾を見られる)

巴波川の右岸、倭橋の橋詰で理容店を営む「松本床屋」さんは、創業明治八年と染め抜いた暖簾を入口に掛けています。
松本床屋1.jpg三桝屋本店1.jpg
(入舟町の松本床屋さん)    (大通り「三桝屋本店」さんに見る「軒暖簾」)
大通りの「三桝屋本店」さんの店先には、以前太鼓暖簾が見られましたが、現在は軒下を飾る「軒暖簾」別名「水引暖簾」だけと成っています。普通暖簾は夜には外しておきますが、軒暖簾は丈が40センチメートルから50センチメートルと短い暖簾で、外さないで一日中掛けて置くもので、お店の名前や屋号を染め抜いて有り、お店の広告塔の役目を果たしています。
同じく大通りの「なすび食堂」さんの軒下にも店舗名を染め抜いた軒暖簾が有りました。
なすび食堂1.jpgなすび食堂(島田屋).jpg
(栃木市役所向かいの「なすび食堂」の「軒暖簾」)(店舗内に飾られている「嶋田屋」の暖簾)
「なすび食堂」の建物は昭和2年に建てられたもので、元は乾物商「嶋田屋」も店舗でした。現在も店内にはその当時の看板などが見られます。写真の暖簾も当時の「嶋田屋」のもので、暖簾の左下隅に「嶋田屋」と、そしてその対角線上の暖簾の右上隅に、「カネに丸一」の屋号紋が染め抜かれた斬新なデザインです。

大通りの老舗旅館「かな半」さんの入口に掛かる暖簾。夜、ウォーキングで前を通ると玄関先の街灯に明かりが灯りその脇に掛かる暖簾の下の空間に、旅館の奥に繋がる土間が覗いていて、今日の泊り客をやさしく向い入れているように見えます。風情のある風景を醸し出しています。
かな半旅館2.jpgかな半旅館.jpg
(昼間のかな半旅館)            (陽が落ちた後、旅館の入口に明かりが灯る頃)

暖簾は私達の周りにまだまだ沢山見る事が出来ます。我家にも居間と台所の間に、娘がお土産として買ってきた暖簾が、ズット掛かっています。
我家の暖簾.jpg
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