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栃木市大宮町の光永寺 [堂々巡り]

今回は、栃木市大宮町の光永寺を訪問します。
県道44号線(栃木二宮線)、通称小金井街道を栃木市街地から東進して大宮町に入ると、道路の左手に「光永寺」の文字が目に入ってくる。そこを左に入ると、光永寺の駐車場です。
駐車場に車を停め、その先に有る山門を入る。この寺の正式名称は、「古洞山医王院光永寺」と号し、浄土宗の寺院です。ご本尊は阿弥陀如来立像です。
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(山門、正面奥に本堂、手前左手に薬師堂の赤い屋根が見える)
永仁元年(1293)二月、執権北条貞時の三男領主小三郎勝時の帰依深く、永楽銭十五貫文の寄進有り、字古洞に一寺を建立しました。開山は応永十一年(1404)、大澤山圓通寺開山良永上人の第三(一説には第四とも)の直弟、良典上人(一説には良伝とも)当寺に留錫し、浄土宗を弘む。帰依する者多し、依って良典上人を当山の開基とし、その所の字名をとって「古洞山」という。天正二年(1574)祝融の災に懼り堂寺焼失す。文禄二年(1593)、大宮城主没落後廣博な城跡空地を赤間氏寄進、薗田氏を始め惣檀家、日夜思いを上げて今地に再建す。此地に衆病悉く除き心身安楽になす。利益廣大な薬師如来を安置せし堂宇有し為、依って医王院を唱う、慶安御帳には光永寺十石の記録あり、浄土宗名越派、関東十二寺の一つ。<栃木市の社寺に依りました>
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(東参道入口に立つ庚申塔や十九夜塔)       (東参道入口の門)
山門から本堂に向かう参道の途中、境内の東から入る参道と交わる所の左手に二間四方東向きの薬師堂が建っています。枡組彫刻がほどこされ、実にすばらしい物です。
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(本堂)                      (薬師堂を飾る多くの彫刻)
まず、本堂に参拝して境内を散策します。薬師堂前の桜の古木も丁度花が満開になっています。
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(薬師堂前の桜も丁度満開になっています)   (鐘楼堂)
薬師堂の前方、参道右手に鐘楼堂が有りますが、この鐘楼について説明の石碑が有ります。それに依りますと、この梵鐘は足利市の鴇田力氏(作者は芸術院会員 人間国宝であった故、香取雅彦先生の弟子)による傑作です。正面には「山越の弥陀」(阿弥陀如来が臨終の御念仏を聞かれて極楽浄土から観音、勢至菩薩の脇侍をしたがえられ、野山を越えてお迎えにおいでになるところ)を、裏正面には江戸時代の名僧、祐天上人82歳時のご真筆を写し、文も含め阿弥陀如来の信仰一色に徹した名鐘とあります。
光永寺2.jpg
(梵鐘の正面、撞座の上の部分に、阿弥陀三尊が来迎する姿が描かれています。)
思わぬところで、見事な梵鐘を観賞することが出来ました。
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