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東武スカイツリーラインウォーク(東武動物公園駅から越谷駅まで) [歩く]

今日、東武動物公園駅から越谷駅まで、東武スカイツリーライン沿線を歩いた。
昨年10月26日に東武日光駅から、東武日光線沿線に沿って歩き始めた。夏の暑い時期はとても歩けないので、日光駅から浅草駅までの沿線を結果的に、2年掛かりで全行程を踏破する事が出来た。
今日は少し風が冷たく感じられたが、陽射しを受けて歩いている内に、少し汗ばむほどで寒さは気に成らなくなった。
今回も新栃木駅発12時07分の南栗橋行に乗り込んだ。自宅を出るのに少し手間取った為、駅まで早歩きから小走りで、漸う電車に飛び乗った。これに乗り遅れたら30分待ちになるところだった。
東武動物公園に着いたのは13時01分。さあ、本日のコースのスタートです。今日は越谷駅まで行って、日光から浅草の東武沿線ウォークを終了させる事を目標にしていた。
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東武動物公園駅東口を出て、駅前から北に進む道路を行くと直ぐ、先日渡って来た古利根川に架かる「古川橋」橋詰に出ます。下を流れる川の名称は「大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)」となっています。
この付近では、川の西側(右岸)は南埼玉郡宮代町で、対岸(東側・左岸)は北葛飾郡杉戸町になります。
ですので、東武動物公園駅は宮代町になりますが、名称が変わる前の駅名は「杉戸駅」でした。栃木から東武の快速電車に乗ると、停車駅の車内放送「新大平駅を過ぎますと、杉戸・春日部・北千住に停まります。その他の駅には停まりませんので、ご注意ください。」と有ったのを良く覚えています。今回初めてこの疑問を感じました。その昔は利根川を中心として、杉戸宿として栄えた地域だったからなのでしょうか。これは私の素人考えに過ぎませんが。
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川の右岸沿いの道を、川の流れと一緒に下る事にします。暫らく進むと川沿いの道は「自動車・バイクの進入禁止」の立札が立ち、歩行者にとっては最高の環境になりました。進行方向左手は古利根川の流れ、右手は田畑が広がっています。一方対岸には新しい住宅や、アパート等が建ち並んでいます。川の左岸にはほぼ並行して、国道四号線が走っているからです。
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やがて前方に「宮東橋」が近づいて来ました。時間は14時に近くなってきて、お腹も空いてきたので、昼食にすべく、橋を渡り国道4号線に出て、沿線の食堂を探すことにします。手ごろなラーメン店が有ったのでそこで食事休憩を行いました。
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続いて国道4号線を登って行くと道路脇に大きな球体の地球儀のモニュメントが建てられています。近くに建つ説明板によると、ここ杉戸町は「北緯36度線上に位置する町」という事だそうです。
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道路は春日部市に入って来ました。14時40分道路右手に「春日部市指定文化財 小渕山観音院仁王門」が建っています、元禄年間に建立されたと言う歴史を感じさせます。
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その先で国道16号線の交差点を渡ると国道4号線も分岐になります。この分岐で国道から離れ、右側の細い道を進みます。この道は春日部の市街に入る道です。細くなった道を少し行った所で今度は左手から又、道路が合流して来ました。
合流点に石の道標が二つ建っています。右側の小さい自然石の道標は、車か何かが接触した為か、表面が剥げて刻された文字が脱落して判読できません。左側の四角形の石柱は正面に大きく「青面金剛」と石碑の右側面には「左日光道」と刻まれています。左側面にも何やら刻まれていますが、私には判読出来ません。
≪家に戻ってから調べた所、小さい道標は宝永6年(1709)建立で、右方せきやと道 左方あうしう道となっていたそうです。分岐を右方向に行くと関宿、左方向の道は奥州道でした。≫
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途中道路の左側に又石碑が建てられています。「史蹟小渕一里塚跡」の様です。ここは先を急いで春日部市街に向かいます。突き当りの道路を右に折れると、前方に高層マンションがそびえています。その手前で又前に分かれた「大落古利根川」に架かる「新町橋」の東橋詰に出ました。ここは左岸の道を進み、一つ下流側に架かる「古利根公園橋」を渡る事にします。
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この「古利根公園橋は、橋全体が公園の様な造りで、大きなモニュメントに成っています。橋上には多くのブロンズ像も飾られています。
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又、左岸橋詰に「千住馬車鉄道をモチーフとしたトテ馬車の大きなレリーフが西日を受けていました。千住馬車鉄道は、明治時代に千住茶釜橋と粕壁の最勝院との間を3時間で結んでいた。(かしかべウォークより)
始め彫刻かと見間違えをしましたが、橋の欄干に多くのユリカモメがとまっています。
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脇を歩いて行っても、人馴れしている様子で、そのままじっとして飛び立とうとしません。一つ下流に架かる「春日橋」に多くのユリカモメが乱舞しています。良く見ると橋の上で一人の婦人が餌を与えている様でした。
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又、国道4号線に合わさりました。ここから又南に登って行きます。春日部の街の中央から来た道路との交差点の近くに紅白の提灯を付けた「八坂神社」が目にと有りました。境内を見ていると、赤でハッキリした文字で「水準点」と記した立札が建っています。「国土地理院関東地方測量部」が建てたもののようです。傍らの地面にそれらしき形状をした石が埋められ、頭を地表に出していました。
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日が暮れて来ます。目標の越谷駅はまだ先です。15時35分東武野田線のガード下を潜りました。ここはひたすら越谷を目指します。16時20分早々と太陽が西の空を赤く染めて沈んで行きました。
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16時30分「新方川」に架かる「戸井橋」を渡った所で、頭上に「越谷市」と記した標識が現れました。辺りはどんどん闇に包まれてきます。前方の大きな交差点にて国道4号線と分かれて、越谷の市街地に向かう県道49号線へと直進します。
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北越谷駅近くの道路の西側に祀られている香取神社参道の二番目の鳥居の左側台座奥に、明治9年(1876)8月に開始され翌年8月に終了した東京塩竃間の水準測量の「几号水準点」の印が付けられているので、確認の為立ち寄った。すでに辺りは真っ暗になっていたので、懐中電灯で確認をしてストロボ撮影を行った。
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元荒川に架かる「元荒川橋」を渡って、18時05分東武越谷駅前に到着しました。
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12月13日より1時間遅い電車に乗り、栃木に戻りました。
今回の総歩数は34,486歩でした。天候に恵まれ快適なウォーキングでした。




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