栃木市藤岡町の繁桂寺 [堂々巡り]
今日訪れるお寺は、栃木市藤岡町の繁桂寺です。
正式には「潜龍山 繁桂禅寺」と称し曹洞宗の寺院です。
繁桂寺は山門前に立つ案内板によると、下野国都賀郡藤岡字上高野(寺山)に、久安年間(1145年頃)に建立、後に藤岡領主藤岡出羽守政房公の開基にて、仙龍院改め繁桂寺としました。その後、大永二年(1522)に、現大平町榎本の大中寺より無学宗大和尚が来て曹洞宗に改めました。寛永五年(1628)に八世別伝存策大和尚が現在の地に引寺して、寛永十年(1633)に潜龍山繁桂寺としました。
山門を潜って直ぐ右手の所にダイナッミックに「馬頭尊」と刻した石仏、その右に三面八臂の馬頭観音が陽刻された石仏が立っています。
秋も深まった境内は常緑樹の緑と銀杏の落ち葉で賑やかに色付いています。
本堂の左側に三間四面の堂宇が建っています。どの仏様を祀ったものか分かりませんが、堂のぐるり回り12間の欄間に十二支の彫刻が配されていました。そして向拝部には亀の彫刻が配されています。
境内には藤岡城主「藤岡佐渡守」や漢学者「森鴎村」・実業家「岩崎清七」らの墓が有ります。
(藤岡佐渡守清房の五輪塔)
又、山門を出て前方に伸びる道を少し行くと右手道路脇に「弁天池伝説」と言う案内板が立っている小さな塚の様な場所が有ります。そこには小さな石の祠や石碑などが立っていますが、その中に「名月や池をめくりて夜もすから 芭蕉翁」と彫られた芭蕉句碑が有ります。今では弁天池も見当たりませんが、おそらくこの地に満面に水をたたえた池が有ったのでしょう。
正式には「潜龍山 繁桂禅寺」と称し曹洞宗の寺院です。
繁桂寺は山門前に立つ案内板によると、下野国都賀郡藤岡字上高野(寺山)に、久安年間(1145年頃)に建立、後に藤岡領主藤岡出羽守政房公の開基にて、仙龍院改め繁桂寺としました。その後、大永二年(1522)に、現大平町榎本の大中寺より無学宗大和尚が来て曹洞宗に改めました。寛永五年(1628)に八世別伝存策大和尚が現在の地に引寺して、寛永十年(1633)に潜龍山繁桂寺としました。
山門を潜って直ぐ右手の所にダイナッミックに「馬頭尊」と刻した石仏、その右に三面八臂の馬頭観音が陽刻された石仏が立っています。
秋も深まった境内は常緑樹の緑と銀杏の落ち葉で賑やかに色付いています。
本堂の左側に三間四面の堂宇が建っています。どの仏様を祀ったものか分かりませんが、堂のぐるり回り12間の欄間に十二支の彫刻が配されていました。そして向拝部には亀の彫刻が配されています。
境内には藤岡城主「藤岡佐渡守」や漢学者「森鴎村」・実業家「岩崎清七」らの墓が有ります。
(藤岡佐渡守清房の五輪塔)
又、山門を出て前方に伸びる道を少し行くと右手道路脇に「弁天池伝説」と言う案内板が立っている小さな塚の様な場所が有ります。そこには小さな石の祠や石碑などが立っていますが、その中に「名月や池をめくりて夜もすから 芭蕉翁」と彫られた芭蕉句碑が有ります。今では弁天池も見当たりませんが、おそらくこの地に満面に水をたたえた池が有ったのでしょう。
2014-12-06 20:58
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