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栃木市大宮町の如意輪寺 [堂々巡り]

栃木の市街地から東の方向に抜ける、県道44号線(栃木二宮線・通称小金井街道)が今泉町から大宮町に入る所で、道路はクランク上に北に曲りそして又東に向きを変える。
その先左側に大きな石碑が建っています。如意輪寺と大きく刻まれています。石碑の横に左に入る細い道が有ります。この道を250m程進むと、如意輪寺に突き当たります。左側に大きな駐車場が整備されて有ります。
大宮如意輪寺5.jpg大宮如意輪寺4.jpg
(県道脇に建っている石碑)
山門の手前右側には六地蔵が祀られています。そして左側には大きな石灯篭。山門には「如意輪寺」と書かれた扁額と入口両側に提灯が掲げられています。
大宮如意輪寺3.jpg大宮如意輪寺6.jpg
山門を潜ると、正面に本堂、右手に鐘楼堂、左手に観音堂。ぼけ封じ観音像も有りましたので、それぞれに手を合わせお参りをして来ました。
如意輪寺は寺伝によりますと、開創は不詳ですが、応永元年(1394)に小山城主の祈願所として、京都の醍醐の僧・俊海が中興開基されました。それから「東醍醐山」の山号を有しています。当初は仲仕上げに有り、その後本柳に移ったのちに現在の地に移りました。
真言宗豊山派の寺院で、ご本尊は「大日如来」です。かっての本尊「如意輪観世音」は、正徳三年(1713)に建立された観音堂(奥之院)に奉安されています。
大宮如意輪寺0.jpg大宮如意輪寺1.jpg
栃木市史資料編近世に延宝三年(1675)七月如意輪寺末寺記録に、本寺「山城国醍醐山松橋無量寿院、末寺下野国大宮村如意輪寺」と有り、更に末寺等18ヶ寺の名前が記されています。
現在は「関東八十八ヵ所霊場・第十九番札所」並びに「ぼけ封じ観音霊場第二十六番札所」となっています。
大宮如意輪寺2.jpg
如意輪寺の東側は永禄四年(1561)に小山氏の築城と言われる「大宮城」が有りましたが、現在は破壊が著しく北側に僅かに土塁が残っているのみです。城の規模は東西150m・南北255m、本丸と二丸から成っていました。
大宮神社0.jpg大宮神社1.jpg
(大宮神社を南側参道から望む。大宮城址の土塁の一部も残る)
城の守護社の大宮神社は城の北西に接していました。最初は南向きに建てられていましたが、築城に際して東向きに変えられました、そして明治に入って再び南向きに変わりました。その為城跡の北と西には今でも長い参道(馬場)が残っています。

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