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栃木市皆川城址からの眺望 [自然の恵み]

不意に思い立って、栃木市皆川城内町に有る、皆川城址公園の山頂、本丸跡からの眺望を見に行ってきました。
家を出る時、すでに太陽が西に傾き始めていましたので、陽が西の山に隠れる前に何とか山頂に登ろうと、車のアクセルを踏み込みました。
皆川城址公園、城山の南麓に有る、皆川地区公民館駐車場に車を停め、急いで山頂を目がけて登り始めます。目指す山頂を見上げると、すでに山は夕陽を受けてオレンジ色に変わっています。
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(夕陽に染まる皆川城址の山頂部分)           (道標を辿って本丸方向へ)
急いで坂道を登りますが、直ぐに息か苦しくなってきます。気ばかり焦りますが、体が付いて行きません。城山の標高は147メートル、駐車場の有る登り口は70メートル程ですから、その比高は77メートルばかり。ただ時間に追われて、のんびり休憩をとることも叶いません。
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(山頂まではまだ、一息ついて後ろを振り返ると、西の山に太陽が沈んで行く)
その間にも周辺の風景がドンドン山陰に隠れ、光をなくして行きます。必死の思いでやっと山頂に建てられた展望櫓の上に建つことが出来ました。
さっそく栃木市街地のある、東南東方向に目を向けると、遥か地平線の先に筑波山が何時もの姿を見せています。手前にはすでに光を失せた「錦着山」、市街地にも山陰が迫っていました。
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(写真手前中央に錦着山、後方に筑波の霊峰。左側エンジ色の文化会館)

視線を少し左に移動すると、東武日光線「新栃木駅」に建つ紅白色の鉄塔、アイムや和光メガネの看板が間に入ってくる。我家は確かこの辺に有る筈だが、見える訳が無い。遠くに東北新幹線の高架がまだ光を受けて一筋の白い線を描いている。
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(写真手前、横方向に走る土手は「赤津川分水路」で、その先は旧風野から箱森西に新しい住宅地)

更に視線を左に移動させる。
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(写真手前は皆川城内町付近の永野川桜堤、写真中央の小高い森は左半分が吹上町、右側部分には野中町の長宮神社が祀られています。更に視線を地平線に向けると、中央付近に高い煙突の様な建物がかすかに見えます。宇都宮市茂原町の「クリーンパーク茂原」で、近くに東北新幹線と北関東自動車道とが交差点が有ります。)

今度は北側に目を向けて見ます。
城山の裏側の山の上に左右に裾野を延ばす三角形の山にまだ太陽の光が当たっています。栃木市と鹿沼市の境にそびえる標高454.6メートルの「大倉山」です。
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(皆川城址山頂から北側の眺望、大倉山がのぞく)

視線を西側に変えると、そこはすでに太陽が山の向こう側に消えた景色に変わっていました。
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(前方を塞ぐ山は山頂に琴平神社を祀っている「倉掛山」標高350メートルで、この山の稜線の向こう側は佐野市(旧葛生町)に成ります。目を凝らしてみると、写真手前から山間に向かう道路が1本伸びています。道路は50ヶ所のカーブを左右に回りながら峠を越えて、葛生の街に至ります。)
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(南西方向も夕闇が迫っています。中央奥が小野口町方向。左側の山並みが太平連山、山裾を走る道路が「東北自動車道」。左手中央の建物が皆川中学校、そして手前左に見える建物が、車を停めた「皆川地区公民館」で、その昔この皆川城の館跡に成ります。)
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(視線を1周させて南方向。手前の石柱は山頂に建てられた「皆川城址」の碑。その先中央付近の高い山が「太平山」標高345メートル、右端の山が「晃石山」標高419.1メートルで、山頂には1等三角点が設置されています。左側の三角形の山が「飯盛山」に成ります。)

今回は栃木の街を開いた皆川氏の居城、「皆川城址」山頂からの360度眺望でした。
少し出発が遅かったため、冬の日没が早く薄暗くなってしまいました。帰りはゆっくりと山を下りる事にしました。



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